「親学」への違和感

教育再生会議というところが「親学」というものを提唱している。

教育再生会議:親向けに「親学」提言 母乳、芸術鑑賞など

えとですね。
「親としてのノウハウを学校で教える」ということ、そのものにはIridumは賛成です。

でもですね、ちょっと考えてくださいよ。

もともとこの「親学」の提唱は、少子化が発生していて子供の価値はより重要になっているにも関わらず、
DVや育児放棄や子供の殺害などが発生してしまっている現状を改善するために考え出されているはずなんです。
子供の虐待が大きなニュースになるからこそ、この提言に意味が出てくる。
動因はあくまでそこにあります。今このタイミングで「親とはなにか」を考えることの大きな意義は下記のようなものだとIridiumは勝手に思っています。

1、核家族化の進行によって育児のノウハウが育児を行う人間に伝わらない、ということへの対策
2、育児放棄などが発生しないように育児の大変さについての情報を事前に与える

育児のノウハウがあれば、育児そのものの負担は軽減される。
事前に育児が大変なものであることがわかっているならば、子供を生まないという選択もできますし、
入念に子供を育てる体制を事前に整えてから子供を生もうとする。結果として、育児を放棄するケースは減少するでしょう。


ところが、ところがですよ、提言の内容はぜんぜんそういう効果が期待できるものになっていない。

(1)子守歌を聞かせ、母乳で育児
これ、母乳で育児できないケースもありますよ。
全員が十分な乳がでるわけじゃないし、お母さんの体調がよくないこともあるでしょう。
奥さんが働いていて、夫が育てている場合だってある。
母乳じゃないほうがいいケースって結構あるはずなんです。
こんなことが重要であるはずがない。

(2)授乳中はテレビをつけない。5歳から子どもにテレビ、ビデオを長時間見せない
それ、なにか教育放棄やDVに関係ありますか?
「親にテレビを観せない」という制限をつけるならまだしも、子供に制限をつけてもなにも解決しない。
(3)早寝早起き朝ごはんの励行
できない人もいますよ。夜勤の人や、交代勤務の人はどうなるんですか?
というか早寝早起きと教育がいったいどんな関係があるんでしょうか?
意味不明です。

(4)PTAに父親も参加。子どもと対話し教科書にも目を通す
非常に教条的です。
PTAに父親が参加しても、単に自分の権力下にPTAを置くということを目的にする人もいます。
PTAに参加していったいなにをすればいいんですか?
子供と対話ってなにを話せばいいんですか?
「うまく子供を育てましょう」と言っているようなもので、ぜんぜんはっきりしない。
もっと具体性が必要。
ここから「何歳の時はどんな話をして…」とか具体的なマニュアルが立ち上がってくるんでしょうか?

(5)インターネットや携帯電話で有害サイトへの接続を制限する「フィルタリング」の実施
えーっと、そんな高度なところが今問題になっているわけじゃないんですよ?
だいたい子供のほうがパソコンに詳しい家もたくさんあるでしょうから、
フィルタリングなんてすぐに解除されてしまうでしょう。
有効かもしれないのは、パソコンのことがわかるまでのほんの数年間だと思います。
小学校の高学年ならたぶんフィルタリングを解除するか迂回する手段くらいは知ってます。

(6)企業は授乳休憩で母親を守る
うーん、これは本当に大企業のみができることだと思いますね。
零細な家庭の母親がそういう企業に勤めているとは思えない。
今問題になっているのは、一流企業に勤めている人ではないんです。
社会的ステータスの高い人は資力がある分いろいろな対処法があるし、人間的な対処能力も高いんです。
今問題になっているのはもっと底辺に近い人たちなんですよ。

(7)親子でテレビではなく演劇などの芸術を鑑賞
…。
えーと、夢物語を見ているんでしょうか。
目を覚ましてください。
演劇を見ることとテレビとの違いはいったいなんですか?
観劇とテレビの間にそんなに大きな違いがあるんです?
高いお金を払って、家族で演劇を見たらDVが減ってみんなが幸せになれるんですか?
世の中にはものすごい数の演劇がありますが、それはどんな演劇でもいいんですか?
演劇なんて年に一度しかやっていないような地方というのはたくさんあります。
というか日本の半分以上の地域は演劇なんてものに日常的には縁がないんですよ?
大丈夫ですか?
狂ってませんよね?

(8)乳幼児健診などに合わせて自治体が「親学」講座を実施
うーん、まあこれはいいと思いますが、もっと早い段階からやらないと駄目だとは思います。
子供を生んでしまってからでは手遅れです。

(9)遊び場確保に道路を一時開放
あー、やらないよりはやったほうがいいとは思いますが、効果は微妙です。
何度も言うようですが、道路を確保すると育児放棄が減るんですか?

(10)幼児段階であいさつなど基本の徳目、思春期前までに社会性を持つ徳目を習得させる
意味わかりません。現時点での学校でまったくそれをやっていないとでも?
あいさつを教えない幼児教育って今存在してるんでしょうか?
社会性を持つ徳目っていったいなんですか?
それを教えるとDVを予防できるんでしょうか?

(11)思春期からは自尊心が低下しないよう努める
えーっと、どうやったら自尊心が低下しないんですか?
教えて欲しいです。
というか自尊心は低下しているんでしょうか?
なぜ自尊心が低下していると思うんですか?
そもそもここで言及されている「自尊心」とはいったいなんでしょう?


えー、言いにくいのですが、はっきりいってまったく夢想的です。
この案を考えている人は夢の世界に生きている。
どれだけお花畑なんだ。
家の外に出たことないんじゃないか。
「徳」なんて抽象的なものは誰一人として求めていないんです。
子供や教育のことにはほとんど関わったことのない人たちで考えているんじゃないでしょうか。*1
「子供なんてただの道具」って思ってません?
こんなことで「教育が再生」したりはしないし、育児放棄が減少したりはしないんです。
この案を実行しても子供には害しか与えない。百歩譲ってもほぼ無効な内容です。

いいですか、親(および未来の親)への教育としての「親学」にとって本当に重要なのは、育児についての基本的な知識やノウハウを伝授すること、DVや育児放棄を止めること、そしてそもそも不幸な子供が生まれてくることを防ぐことです。

例えば、中学生の高学年時点で下記のようなテーマを履修することを義務付けます。
・育児がどんなに大変であるかを実際に子供を育てた人にインタビューする。
・過去の複数のDVの事例を調べ、原因を考え、解決案を考えてレポートし、クラスで話し合う。
・過去に発生した非行行為、および犯罪の原因と心理状況を考え、親がどういう行動をすべきなのかを徹底的に討論する。
・子供の育児計画を成人するまでを計画し、実際にクラスやパソコンなどでシミュレートする。成人まで育てられた人のみに単位を与える。
・子供の心理を分析し、親がどのような態度の場合は子供がなにを学ぶかを考える。
・子供のトラウマになった事例を調べ、どんな場合にトラウマが発生するかを網羅的に調査して発表する。
・すでに大人になった人に対して「自分にどのような教育が行われ、それがどのような影響を自分に与えたか」をインタビューする。
・子供を亡くした場合の両親の心理の動きについて学習する。
・DVを行いやすい性格について分析する。DVによって家庭がどのように崩壊するかを調査する。
・DVを行った親が受ける刑罰について学ぶ。
・世の中で成功した人がどのような教育を受けていたかについて調査する。
・中絶とその方法。
・生涯結婚しないという選択を行った人について調査する。
・未婚の母について調査する。どうやったら未婚で子供を育てていくことができるのかを調べる。
・子供のかかりやすい疾病、怪我とその対処について
・子供の基本的な育児方法、身体的な知識。
愛玩動物、もしくは依存対象として子供を育てることの弊害について。
・一般的に親が陥りがちな思い込みや過ちについて学ぶ。
・出産にあたっての喫煙、飲酒、環境ホルモンの影響について調査する。
・社会が親をどの程度バックアップしてくれるのか、あらゆる育児に関する社会的な保障制度について網羅的に学ぶ。
・どのようなパートナー、環境が育児にとって理想的であるかをレポートに書いて提出し、結果をクラスで話し合う。
・離婚が子供に与える影響を調査し、レポートする。
・浮気の発生メカニズムについて調査し、クラスで話し合う。

ここまでやれればきっと結構効果はある。
というか今現在こんなことも行われていないことが不思議です。
現状は危険をなにも知らされていない若者を世の中に解き放っている。
学校は、っていうか社会はものすごく無責任なことをやってると思います。
今自分が書いたことを全員が履修することを徹底できれば、少なくとも単純な育児放棄は激減するんじゃないかと思うのだがどうですか?

*1:えー、Wikipedia教育再生会議を調べてみると委員には教育関係の人は2人しか入ってなくて、異様に高齢者ばかりなんです。これはこの内容になるのも頷けますね。世の中の老人の人はもう少し自分の能力や客観性に自覚的になってください。適任ではないとか無理だと思った仕事は引き受けず、矜持と自分の限界を認める勇気を持って断りましょう。
教育再生会議