映画「サロゲート」■ネタバレあり■

現在から15年後くらい未来、普通の人が自分の代理として「サロゲート」と呼ばれるロボットを使うようになった世界の話です。自分が個人的に期待していたほどは面白くないです。擬体繋がりでアバターが星5だとするとサロゲートは星3くらい。多くの人(サロゲート)が一斉に倒れるシーンとかは印象的だし、役者がロボットぽい演技をするのを見るのはちょっと楽しいです。「この人はロボットなのかな?人間なのかな?」っていつも考えてしまうのがいい。もともとのアイデアは悪くない。みんなが擬体を使うようになった世界はいろいろと面白いことが起こりそうじゃないですか?でも、困ったことに本作は物語が陳腐なんですよね。これ、ぜんぜんロボットだす必要性ない。道具立てをちょっと変えるだけで、現代の物語として編みかえることができてしまう。ぜんぜんロボットというギミックを組み込む必然性が物語的に存在しないのです。

そこがアバターとは根本的に異なります。アバターは擬体じゃないと駄目なところがある。擬体じゃなかったらあの気持ち悪さは出なかったんじゃないかな。観客が「擬体に入り込んでいる」って妙な感じを味わうことができている。映画体験そのものが他の人の体験に入り込むっていうことなんじゃないかと思います。

みんなが擬体を使っている世界

「なぜみんなが擬体を使うのか」という理由が今ひとつはっきり説明されません。自分がリアルの肉体を動かさなくていいのは確かに便利ですし、擬体が死んでも自分は死なないので安全ですし、自分の外見を自由にカスタマイズできるので社会の中で生存していくという戦略上有利でしょう。でもだからと言ってみんながすぐに擬体を使うようになるとは思えないです。15年ぐらいでそれが起こることになっていますが、まずそれはありえない。だって、擬体よりも敷居がずっと低い携帯やPCでさえ、ある年代以上の人はほとんど使うことができない。高齢者は企業社会のモラルについての決定権があると思うので彼らが全員死なないと普及させることはできない。それは15年では無理です。選挙がオンライン化されてないのはなぜでしょうね。それに擬体を使うと決定的にマズイ点は本体が運動しなくなることです。疾患を抱えやすくなってしまう。人間は運動することなしに健康ではいられない。

主人公の子供が死んだ理由がはっきり描写されない

なぜだかわからないのですが、理由がはっきり描かれないことが非常に多いです。これがストレスになってるので無駄に映画が鈍重になってます。映画の主題に重要な関わりを持つ子供が死んだ理由をセリフだけで説明するってどうなんですか?なぜ観客に明示的に見せないのか?すごく疑問です。尺を縮めるために切ったのでしょうか?1時間30分程度と十分短い映画なんですから、これ以上短くする必要などありません。というか、そこにこそ謎を仕込める余地があるのに使ってない。後で「ああ、そうだったのか」と観客に膝を叩かせることができるのにもったいない。

食べ足りない感

映画自体が短すぎです。後日談を描く余地は十分にある。あの後でどうなったんですか?サロゲートが一時的にいなくなった後でも、別にサロゲートを作り直す理由はありますよね?必要性がなくなったわけではないのですから。また同じようにサロゲートで一杯の世界になるのでは?それとも法律的に禁止するのでしょうか?法律で禁止するには「多くの人が死ぬところだった」というだけでは根拠が薄い気がします。核爆弾って法律で禁止されてませんよね?たぶんこの世界はまったく同じようにサロゲートだらけになるしかない。一時的な解決でしかないのですよ。

妻の心の動きが明確に描写されない

確かに子供を失って鬱っぽくなってるのはわかるんですよ。でもそこから回復するのが「サロゲートが使えなくなったから」では弱い。なんというかそこにこそ物語的なギミックが必要なんですよ。映画が心を表現しなくてなにを表現するんですか。人は身近な人の死からどのように立ち直ることができるのかを描いてください。子供を失った人々を取材して、どういった心の動きがあるのかを逐一調べたほうがいい。

安全装置が一重であるはずがない

人間の精神が直接コントロールするようなデリケートなものについて安全装置が一つしかないことはありえない。しかもそのたった一つの安全装置がソフトウェア的なものであるなんて。2重3重の安全装置があって当たり前で、人間の命に関わる機械について、もしもソフトウェアによるブロック一つだけならPL法に引っかかると思います。当然ハードウェア的なブロックがあるはずで、それはソフトウェアをどうハッキングしたところで乗り越えられない構造になってます。というか、そもそも致死的な刺激を与えるような構造にする必要がないんです。「脳が溶けている」というセリフが出てきますが、フィードバック機器に脳が溶けるほどの出力を与える理由がない。そんな機能は不要なので実装されません。殺人的な大出力できる機能をつけたところで供給できないでしょう。アメリカですよ?絶対無理です。製造企業の株主としてもそんな無駄な機能のついた製品は許さないでしょう。

他人のサロゲートは使えないはずでは?

「通常は他人のサロゲートを使うことはできない」という設定になっており、一部の特殊なサロゲートだけを複数の人々で共有することができるはずなのですが、なぜか女刑事の擬体は3人の人が使っちゃってます。おかしいですね。もしかして女刑事の擬体が特殊なものなのかもしれないのですが、そういう描写も説明も何もない。

主人公の相棒が途中で死ぬが全員スルー

通常の物語展開であれば絶対に重要な働きをするであろう相棒が途中で死んじゃいます。そして彼女が死んだことが映画が終わっても主人公サイドの人間は誰も知らないので、追悼さえもしません。ヒドイ扱われようです。彼女はなにも悪いことしてないですよね?監督は彼女のことが嫌いなんでしょうかね。若い女の子が嫌いとかですか?それにしても嫌いである意味が説明されないのでわからない。

ロボットが死んだときに家から出てくる人の体型や服装がマトモ

そんなことはありえない。たぶんほとんどの人は数倍の体重になっているでしょうし、服装にはぜんぜん気を使わなくなっているので、ボロボロだったり古い服を着ているはずです。マトモに歩けない人がほとんどであるべきです。運動なんて一切してないんだから。関節痛に悩まされたり、床ずれが出来ているはず。なぜ家から出てくる人たちはキレイキレイした格好をしているんですかね?

認証方式が人の顔の形

この世界はロボットの顔を自由に作り変えられる世界なので、セキュリティ認証のために顔の形を使うのは誤りです。いくらでも嘘の顔が作れてしまうのだから意味がない。なぜ矛盾した設定を放置しているのか?

妨害電波の発生装置は?

任意のロボットの挙動を妨害電波で止めることができるシステムが出てくるんですが、その電波を発生している装置がどういった原理で動いているのかの説明がない。どこにあるのかもわからない。それぞれの家に監視カメラがあって監視カメラにもれなく妨害電波発生装置がついてるの?そんな無駄な機能がついている装置を全世界に供給するんですか?普通バレるでしょうし、バレたら大変では。インフラの描写がないのでどういう仕組みなのかがわからない。設定が適当すぎ。

全員がロボットになっても殺人がゼロになるはずがない

犯罪件数がゼロであるかのような描写が行われているが、劇中で行われていたようにオペレータを殺すことが簡単にできるので、殺人などの犯罪件数がゼロになることはありえない。

BGMがやたら重低音で耳につく

たぶん映画全体が地味なので、なんとかして重みをつけようとしているのだとは思います。その手段として音楽で重さを出そうとしているのですが、空回りしちゃってます。物語がそんなに重くないのにBGMだけ重低音でもうるさいだけです。

総合:物語が投げやり、考証がない、ロボット風の演技はちょっと面白い

この監督は物語を作ることが苦手な人なんだと思います。あと考証ができてないので非常に嘘っぽいです。もっとずっと未来とか、あるいは完全に過去だったらまだ救いがあるのですが近未来なので嘘っぽさは鼻につきます。矛盾点などが気になってしまう。いい点としては映画が終わって外に出ると、そこにいる人たち全員がサロゲートに見えます。

ロボットに関して本当はできたこと

このプロットならもっといろいろ盛り込めるアイデアや表現することで面白いシーンはあるんですよ。人間を擬体とする必然性なんてないので、もっと強力なロボットを出してもいいんですよ?あるいはすごく小さなロボットに入り込むこともできる。攻殻機動隊で描かれていたような擬体のハッキングや、人工知能によるロボットや乗っ取り。ハッキングとファイアウォールの表現。擬体バージョンによる性能の違い。警察や軍隊にのみ提供される特殊装備の擬体。人々がものすごくデブになっていて関節痛に悩まされている。糖尿病が死因のトップに。すごい美人のロボットの操作者がものすごいデブだったり、老人だったり。擬体同士の戦いで決着が付かず、オペレータを倒したほうが勝つ。ロボットの硬さと柔らかさ。セックスの描写。皮膚感覚はオペレータにどのようにフィードバックされるのか?本体はセックスするの?するとしたら筋肉が衰えているのにどうやってセックスするのか?出生率が大幅に下がっているのでは?少子化対策は?ロボットは電気で動いているようだが、そのメカニズムは何なのか。モーターと油圧なのかどうか。子供ロボットは本体の成長にあわせて毎年買い換えるのか。電池切れ。どうやって電源を見つけるか。本体の人間側が飢えてしまう。インフラを描写する。回線は光回線なのか。基地局はビルの上のほうにあるのか?アンテナは?人ごみでは回線がオーバーフローしてつながらなくなる。田舎にいくと電波が届かないので止まってしまう地域がある。電池交換の頻度はどのくらいか。頻繁に充電すると電池劣化の速度が早まる。ロボットは食事することはできる?攻殻とかで結構やられちゃってることなので、そういうのを事前に調べておけばいいだけのことなんですが。

物語としてしたほうがいいこと

主人公が持っている過去の子供の記憶を描写しよう。子供が死んだ理由をはっきりさせよう。子供を失った悲しみを明示的に描写しよう。悲しみから立ち直る姿を明示的に描写しよう。相棒を意味なく殺すのはやめよう。悪人には憎めるキャラ設定をしよう。観客にはこのキャラに対する罰が当然であると思わせよう。善人には共感できるエピソードを用意しよう。

っていうかこのへんは映画として基本中の基本でしょう。行われていないのが不思議です。家から出てくる人の服装がキレイすぎる点からみても、どうもこの監督は現実世界が見えてないような気がします。空想の世界で生きているタイプというか。たぶんアクション映画職人というタイプなんでしょう。確かにアクションは的確な内容だったと思います。彼は複雑なテーマを含んだ映画には向いてないです。