嬰児殺しは年々減少しているが、虐待は増加傾向

えとー、子供の育児を放棄しちゃう人ってのはたまにいるみたいだ。

「4歳生ゴミで生存、1歳放置死…21歳母を殺人で起訴」

「そういう人は結婚するな」とか、「生む前によく考えろ」とかって意見がmixiのコメントであるけど、
離婚すると思って結婚する人はいないし、生むときに殺しそうかどうかは予見できない
「自分が判断能力がない」ということを判断できない場合とか他に相談できる人がいない場合には、予想のしようがない。

生んでみないとわからないこともあるでしょう。
「育てられる」と思って生んでみたら、実際はあまりにも大変なので
オーバーフローしちゃうってことはありそうだ。

どうしたら解決するんでしょうね。

1、育児についての教育をきちんとやる。
2、そもそも二十歳以前の女の子に子供を生ませない
3、子供が今どうなっているかを一週間ごとに行政がモニタリングする
4、育児を免許制に
5、子供の安否とストレスを自動的に計測するバンド(無線式)を手首につける

とかかなあ。

たぶん行政がフォローするしかない。
いろんな人がいるんだから、Iridiumとしてはそのいろんなさ加減を守りたい。
はみ出した部分を切り捨てるべきじゃないと思います。
あまりにも予算をかけるのはどうかと思いますけどね。

と考えたところで、

嬰児殺(赤ちゃん殺し)と幼児殺人被害者数統計

をみると嬰児殺し(みどりごごろし)というのは、近年はすごく減ってるんですね。
1970年代に190人だったものが、2005年には19人にまで減少している。
僕が生まれたのが1970年なんだけど、その頃に比べるとなんと10分の1になっているんですね。
ふむふむ、嬰児殺しに関してはあまり考えなくてもよさそうだ。

厚生労働省の児童福祉に関する統計

を見ると虐待のほうがどっちかというと問題かな。
虐待は昔からあったと思うけど近年になって明らかに認知される件数が増えている。
なので、嬰児殺しに関してはあまり心配する必要はないが、
虐待については引き続き注目していく価値があり、対策を考えるべきである、という結論かな。

今回の場合も殺人というよりは、どちらかというとネグレクトに近い。

この矛盾する結果は面白いんだけど、
子供を殺すかどうかは経済的な要因が大きいのではないかと思う。
経済的な問題はどんどん解決される傾向にあるんだろう。

それに対して、虐待というのは経済力はあまり関係がなく心理的な要因が重要だ。
自分の行動に責任を持つことのできないタイプ、しかも子供に暴力を振るうことに抵抗のない人で、
ストレスが多ければ虐待をすることは考えられる。


虐待の報告件数が増えているということについてはいくつかの要因が考えられるが、

A、社会そのものの安全性やモラルが向上しているために、報告されやすくなっている
B、本当に虐待が増加している
C、以前は虐待を吸収していた地域社会や人間関係の網が消滅した

うーん、適当なカンで言うとAの要因が大きいんじゃないかな。
自分の子供のころにはいじめは確実に(頻繁に)あったし、虐待もたぶんあったと思うけど、
記憶にある限り行政の介入は一切なかった。地域のみなさんの努力によって隠蔽されてしまっていた。

制度で救えた部分は結構あったんじゃないか。
あれを全部表に出すと統計に出ているくらいの件数は軽くオーバーすると思う。
というか子供や学校の現状を考えたら統計に出ている件数が少なすぎる。
たぶん現在でも報告されないものがかなりあるんじゃないか。

結論的には、経済的な環境は変えられるし、それによって嬰児殺しは減少させることはできる。
心理的環境というのはあまり変化しないために、虐待が減少することはない。
しかし、社会の平均的なモラリティの向上(ジェントリフィケーション?)によって、
「虐待は回避すべきものである」というコンセンサスは着実に広がっているように思われる。

そういう意味では未来は暗くはない。
うーん、ここで虐待を決定的に減少させることのできる強力な具体策がほしいところですね。